2013年 11月 02日 ( 1 )

埋もれていく「声」

昨年もご用命いただいた地域市民活動団体のみなさんへ、身近な環境についてのお話をさせていただきました。3連休の初日、人数も15名とマイクを通さなくても充分コミュニケーションのとれる距離間での90分。

どんな小さな要求にも丁寧な仕事ぶりで応えてきた再生資源業者も、環境が儲かる産業、良い印象を与えやすい産業と認識されるようになってから、社会的な大きなうねりに巻き込まれ、それまであまり縁のなかった、或いは、かかわらなくても良かった分野、事柄にも向き合うことが求められるようになりました。これは再生資源業界に限ったことではないので、業界そのものに新しい息吹を吹き込むチャンスでもあることは確かなことですが。

ただ、大きなうねりに巻き込まれるほど、自分たちの本来の特徴や優位性を身ぐるみ剥がされかねない状況の中で仕事をする厳しい環境下におかれます。そんな環境は、さまざまな焦りも生み出します。

こつこつという地道な環境から、華やかに、大きな声に従わないと取り残されるのでないか・・・焦りとともに、そんな不安感に包まれる日々に、本来持ち合わせていた機動性や少数の意見に耳を傾ける姿勢、はやい決断がてきるという特性を失いつつあります。

特に、少数の意見に耳を傾け、地域にあった仕事を考え出すということが、だいぶ疎かになっている感じです。(一方で、これから先も地域に合った仕事をするといっても従来のサービスを繰り返すだけでは明日がないということをきちんと検証しなければなりません。)

いつの間にか、公会堂のような大きな場所で一方的に分別やリサイクルのことを話すことがステータスとなり、地域にある「小さな声」を無視するような体質に向かっているのではないか。そんな危惧を抱くことが多くなっています。

こちらから地域に出向くとはどういうことなのか。単に、分別のやり方や資源物の行方を知ってもらうだけではありません。そうした話をさせていただながら、地域の小さな悩みをちゃんと伺って改善をする。この改善の積み重ねが地域との信頼となり、仕事の基盤を崩壊させない大切な行動でした。すきま産業言われる所以の一つです。

ひざを突き合わせながら、腹蔵なく語り合うこと・・・

高度成長期、バブルあたりまでは護送船団方式の中に地域やコミュニティを上手に取りこみながら物事を進めても支障がなかったのですが、2013年のいまはインターネットなどの情報技術が成熟したことで、小さなコミュニティ単位でなければ意見がまとまらないという現象があちらこちせで起きています。

元来、「小さな所」にアクセスすることを得意としていた再生資源業者たち。生き残るために得意分野を捨て、あらたな得意分野を構築する方が良いのか、それとも、アクセスそのものに付加価値をつけることが得策なのか。
将来につながる土木作業を早急にしていかなければならない、のんびりと過ごせる時間はなさそうです。

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by AKIO_TAKE | 2013-11-02 22:27 | work