もっと積極的に力強く

7月2日の夕暮れ時、半期も過ぎたことだし積み上がった書類や本を整理しつつ、ついでにパソコンの古いフォルダも破棄していたら、ちょうど10年前に何かに寄稿したのか、何かの原稿だったか、全く記憶にないけれどつらつらと書いた資料が出てきた。

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私たちの暮らす日本は、戦後のめざましい高度経済成長もあり、便利で物資豊かな国として繁栄しています。他方、その成長とともに廃棄物も増加し、かつ、その内容も多様化の一途を辿ってきました。それまでの「清掃法」では対応しきれなくなり、昭和45年に「廃棄物処理法」へと新たなルールが制定されました。とくに、高度経済成長を支えた大きな要因()であるさまざまな産業分野の事業活動から排出される廃棄物については事業者の責任が明確化され、今日に至るまで幾度かの改正をされています。

この10年余りでの急速なる環境政策の転換や指針づくりは、それだけ、大量生産による大量消費というライフスタイルの構築が、「必要不可欠」だった証拠でもあることを物語っています。冒頭の通り、戦後復興のために国民が団結して、とにかく働いた。豊かな社会を作り出す為に一生懸命生産をした。その労働者、生産者に対峙する「消費者」を同時に作り出す必要があった。(消費者=労働者、生産者) そうしなければ、復興への士気が殺がれてしまう時代だったのだと思います。豊かになったことを「実感」させるためには、とにかくなにかが購入できて、消費できるという構図が必然だったということです。しかし、その「実感」することでしか、豊かさや様々なことを語れなくなってしまったが故に、環境問題のような実感しにくく遠大な課題については右往左往してしまう。

大量生産、大量消費がもたらしたものは単に環境破壊ということだけでなく、実にさまざまな課題で影を落とし、内実的には暮らす人々の思考や行動に大きく影響し、生活に関する各分野でシステムの行き詰まり感から、新たな社会統制の仕組みがつくられている過程でもあると感じます。どんな産業分野でも、暮らす人々の思考や行動によって求められるものが異なり、結果も変わってきますが、中でも「廃棄物(ごみ)」は、その最たるものと表現しても差し支えないと思います。


さて、この横浜市でも、事業活動から排出される廃棄物(事業系一般廃棄物)については表にもあるように、ごみとして焼却処理した場合の金額は8年で2倍以上になっています。一方、ごみを処理する、或いはリサイクルをするといった民間の許可業者は法律改正や条例の制定を待つことなく、リサイクル事業確立の為に積極的に取り組んできました。

横浜においても、取り組みの早い民間企業などでは昭和50年代中頃には、従来の資源物売買(収集車両と商いとしてのノウハウ)だけでなく、(リサイクル)設備を保有し、取引先に分別の重要性を説きながら、事業を営んでいたところもあります。社会的()にも横浜市でも法律や条令において昭和50年代中頃には、まだ再資源化とか減量化といった文言を見つけることが出来ません。設備を保有したものの、リサイクルに対しての社会的認知は限りなく低い時代でもあり、事業運営もままならぬ状況下で環境政策転換を待ちわびていたものです。そんな不遇の時代であっても、少しでも多くの受け皿をつくっておく。当時の中小民間企業の大命題でもありました。近い将来、叫ばれるであろうリサイクル推進、環境保護施策に瞬時に対応できること。受け皿、つまり処分設備がなければ、どんどん私たちの手から生活を支える基盤である商品(ごみ)は零れ落ちていくことは容易に想像できたことでもあります。


平成の世に入り、そして21世紀を迎え、ようやく「環境」という言葉が脚光を浴びるようになりました。見向きもされなかったリサイクルに、今度は誰しもがリサイクルという言葉を用いるようになり、そして多数の法律が制定されました。やはり、行政の力(権力)とは凄いものだと改めて思った時でした。行政がこのままでは人々の生活を脅かしかねないといったものから、真に地球的規模でなにかが狂い始めているといった情報を発信することによって支流が突然本流になっていく様は、それは見事です。斜に構えて言えば、情報化時代が故の、情報操作の恐ろしさです。

法律が制定されるということは、誰かの管理下に置かれ、誰かの指導を仰ぎ、誰かの賛意がなければ成らないということになります。そうした視点では、法律が制定される前から実践をしてきた民間事業者や元来環境保護に関心のある企業や市民からすると、法律の制定は歓迎すべき反面、自由な発想を奪われ、すでに理路整然と粛々と営んでいた分別や再資源化してきたものまで、監視・指導されるようになってきました。つまり、なにかとお墨付きが無ければ前進する速度を落とさざるを得ない時代が今であり、これからもクリアしていかなければなりません。


(もちろん、「過去が善で今が悪」ということではありません。いつの世も、どんな法律があっても不祥事はつきものですし、開かずの扉が法律制定によって、開放されたということは事実です。)


で、使うだけ使い、捨てるだけ捨て、それは環境に良くないからなんとかしろ・・。

自分の生活の基盤である商いでもありますから、そりゃなんとかします。

いまは、環境破壊による地球温暖化で異常気象が「実感」されつつあります。でも、まだ「されつつ・・」といった段階です。「いま」でさえ、そんな状態。昭和末期から平成初頭においては、まだまだ「環境」「リサイクル」はイメージ戦略の道具でしかなかったように思っています。


「環境」や「リサイクル」が人々の意識の中に浸透し、生活に根付き始めたことは素直に喜ばしいことです。

でも、相変わらず利便性の追求は深くなるばかり。例えば、CD-R・・情報のやり取りにはかかせない代物です。でも、容量の10%しか使ってないのに次のCD-Rをなんの疑いも無く使用する。プラスチックだからきちんと分別すれば幾度かは再生できる。だから、環境にやさしいと本気で思っているのでしょうか。

例えば、使い捨て傘・・確かにかなり安価になりました。ちょっとしたお出かけは使い捨て傘で充分、と言うか忘れても惜しくない。台風一過の街を見て、使い捨て傘をなんとかしようと言えば「なにを、馬鹿なこと、言ってんの」と一蹴される・・「もったいない」と言いながら、手軽さを手に入れることによって起こる職種減少に伴う文化消失には無頓着。「食」には安心・安全がより要求され、トレーサビリティーの担保がなければ、もはや信用を得られない。


そんな状況が日々、私を取り巻いている。


この段落、卑屈になっているのではありません。廃棄物処理業者・リサイクル業の現場で長年従事してきた率直な感です。環境改善を図り、暮らしに安心・安全をと言われる。それは、もっともなことだと同意する。ただ、「誰のために」ということになると、その殆どが主観的な見地からの意見ばかり。つまり、だんだん聞いているうちに息苦しくなってくるのです。なんだか「私」の半径数百メートルが良ければいい。そう、聞こえてしまうことが多いのです。そうしたことを繰り返していると、あまりのアンバランスさに閉口してしまうのです。

先述にもあるように「もったいない」「環境保全」を声高らかに謳うのは一向に構いませんが、得ることばかりがどんどん集約され、その過程で失われる大切なものをあまりにも見過ごしているように思えます。


これは複雑に絡み合う社会要因があって、その複雑怪奇な仕組みの中で生活をしているのですから、完全解決は不可能です。これだけの利便な生活を、早々簡単には放棄できるはずもありません。

ようは、「本気で、そう思っているのか」ということ。

廃棄物処理業者も、市民も、行政も・・本気で考えれば、もっと客観的な議論が出来ると思うのですが、いかがでしょう。

200711月 武松昭男


(※)6070年代の高度成長時代にアメリカで発表された企業10訓は、日本の企業も経済成長拡大のために用いた戦略でもあり、そうした大衆心理操作の結果として、大量消費、大量廃棄の生活が定着した一因と分析されている。


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さて、この10年で僕はどこまで進化できたのだろうか。いまのままでいいのだろうか・・と考えれば、答えはあきらかにNO!!
人生は勇気をもってチャレンジするか、棒にふるか どっちかしかない・・本気じゃなければ、つぶれるのは時間の問題。

2007年の資料だったから、2007年のニューアル前のマリンタワーの写真を採用。


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by AKIO_TAKE | 2017-07-04 05:30 | work