震災の中で見つけた夢

社会福祉士を目指す大学生
小学校6年生の時、宮城県東松島市で被災。津波で友達も失ってしまった。
子どもでも何か手伝えることが有ると嬉しい、と避難所の生活でもこども達も市民の一人であることを大人のみなさんに伝えていきたい。

2011年3月9日、震度4の地震で机の下に潜り込むことができたので、2日後も同じように机の下にサッと入れた。ただ、揺れの大きさと長さはメッチャ凄いし、教卓台は教室の端から端を往復しているし、と2011年3月11日を振り返る高校2年生。震災当時は小学校4年。

昨日、2016年から東松島市の同世代の女子グループで語り部をしている二人のお話を聞く機会がありました。震災で友人を失くし、また、両親と妹になるはずだった家族を失くした友人もいた。経験した人が伝えていかなければと語り部をはじめたそうです。

想像もできない辛い経験をして、家も友人も失い、でも経験したからこそ伝えられるという言葉には感服します。ひとつひとつの言葉は力強く、聴く側が想像しやすいように放たれる言葉は素晴らしかったです。

話のみならず、避難所ではお弁当が足りなくなってしまうことがあり、その時、どうやって平等に配れるのかというショートワークショップも披露し、その手際よさと明快さにビックリ。小学生の時の震災経験から、大人が仕切るよりこどもが仕切った方が良いこともある事例の紹介でしたが、確かにこども達が「はーい、これからお弁当を配りまーす」と茶目っ気たっぷりな仕切りの方が、はりつめた避難所の空気を少しでも和らげらるかもしれませんね。頼りにされると嬉しいのは、大人もこどもも同じです。

「こどもは大人とは違うことを見たり、感じたりしている」「メッチャ、溜めこんでいる」いう締めの言葉も感銘を受けました。被災時に大人だった方のお話も心に沁み込みますが、小学生・中学生の頃にした経験は大人の視点とは異なり、未知の世界に誘導してくれる学びの多い時間となりました。

辛い経験をしたからこそ、社会の役に立ちたい・・・震災の中で見つけた将来の夢は社会福祉士になること。見えている夢は、これだけ素晴らしい人を産み出してくれるのですね。


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by AKIO_TAKE | 2018-03-11 11:26 | 防災