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day after day & 武松昭男のphoto日記

避けて通れない「核のごみ」 5

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3年前、原子力発電によって生じる高レベル放射性廃棄物、いわゆる「核のごみ」最終処分地として適切かどうかを調べる文献調査を全国で初めて受け入れた北海道の寿都町(すっつちょう)と神恵内村(かもえないむら)。この2つの町に続いて、「文献調査に応募するのか"揺れる島"」として、人口27,000人余の長崎県対馬をNHKがニュース番組で取り上げていました。建設業の団体が文献調査に応募するよう求める請願を市議会に提出、一方、安全性や風評被害を懸念する市民団体からは反対する署名が提出されるなど、賛成反対双方から8件(賛成1件・反対6件・検討要1件)の請願を市議会に設置した特別委員会で審議することになったようです。対馬市議会では16年前にも最終処分地の調査を巡って議論されましたが、その時は安全性への懸念から反対の決議が可決されました。

時を経て再燃した議論の理由は、文献調査では最大20億円、概要調査では最大70億円とされる交付金による地域振興への期待。

核のごみの最終処分場選定に向けたプロセスは3段階・・
1段階目は、
調査に応募した自治体の地質などのデータを調べる「文献調査」。要す期間は2年程度で受け入れれば最大20億円の交付金。対馬はこの文献調査を受け入れるか否かの議論をする段階。

2段階目は、
文献調査を経て実際に現地でボーリングなどを行う「概要調査」。要す期間は4年程度で受け入れれば最大70億円の交付金。但し、概要調査以降の受け入れには都道府県知事の同意が必要。

3段階目は、
より高精度な調査を行って処分場に最適な建設地を選定する段階の「精密調査」。要す期間は14年程度。

3段階の調査プロセスだけでも約20年の年月を要し、それから、施設の建設、核のごみの搬入・・・
1957年、日本で初めての研究用原子炉が動きはじめ、原子力発電による電気が生み出されたのは1963年10月。その後、1966年、茨城県東海村で商業用原子力発電所が営業発電をスタートします。2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所の事故後、日本の原子力発電所が停止した時期もありましたが、約60年もの間、私たちは原子力発電所の電力を利用し続けてきました。

当然私たちには、その間に消費した燃料の分だけ高レベル放射性廃棄物(核のごみ)が残されています。その数は、最終処分する際の「ガラス固化体」に換算して、既に約2万5000本にも及ぶとされています。しかし、今のところ、日本ではその最終的な処分場所は決まっていませんし、前述の通り、3段階のプロセスの1段階目です。再稼働も進むので核のごみは今後も溜まっていきます。

「文献調査」の受け入れを巡って対馬市議会がどのような判断をされるのか・・議論の行方に注目します。

参考 2023年4月26日 投稿
https://tpdws2.exblog.jp/241788716/

写真 : AC写真 作者 collect3dさん




by AKIO_TAKE | 2023-06-24 18:34 | 環境