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2016年 12月 30日 ( 1 )

今朝から1月3日までの連日5日間、毎年恒例、中華街域内の家庭ごみ置き場の巡回をスタート。街の事実を記録して、改善策のひとつになればと、ひとりで勝手にはじめて今年で7回目(だと思う)・・・28日に投稿した古い活動のひとつです。

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本日30日で、この地域の横浜市のごみ回収は終わり、年始は6日(金)からとなります。どの地域でも、誰に言われるまでもなく、散らかっているごみをまとめたり、掃き掃除をしてくださる方がいらっしゃいます。けさも、ほうきと塵取りをもって片付けてくれる方があちらこちらに・・・。ありがたいですね。

で、私は年末年始の実情を写真に撮って年始になって行政や街の団体にレポートとして提出したり、臨時回収の依頼等をしていました。巡回と記録取りはあくまで勝手に、です・・。

さて、話は転じますが、
かつて、奈良の都として栄えた平城京ですが、日本の首都として機能したのは、わずか70年余り。短い期間で政治の中心地の座を明け渡した理由の一つに「ごみ」が挙げられています。

平城京の推定人口10万人前後とされる「ごみ」(生ごみ、し尿、生活排水)の処分を、どこかでしなければなりません。7世紀の頃ですから、焼却炉なんてありません、ごみ収集車もない。

ごみの量は今と比較にならないほど少ないでしょうし、かつ、ごみも天然由来の物ばかりです。しかし、ごみを人が住んでいないところまで運ぶことができない訳ですから、おそらく住居近くに穴を掘って捨てたり、小さな溝をつくって流したりしていたといわれています。汚物が堆積しやすい生活環境だったということが想像できますね。

そして、その付近の井戸から水をくみ上げて生活用水としてつかわなければならない。

不衛生である井戸水を飲料水として用いれば、やがてペストなどの病原菌によって、たくさんの人々の健康が害され、街を痛め続けることになり、壊滅へのスピートをはやめることにつながります。
それは、徐々に首都としての機能を果てせなくなることを意味し、安定して政を治められる地をつくることを迫られることになります。やがて、遷都は平城京から平安京へ・・・

いまどき「ごみ」で街が滅びることは無いと思いますが、現在の廃棄物処理法は1900年に伝染病の蔓延を防止するために制定され、その後、「公衆衛生」を目的として改正され、現在もこの原則は変わっていません。

毎年恒例、ごみ集積場パトロール_a0259130_18551781.jpg


地面の赤く囲ったところは、地元の高校生が不適切なごみ出しを止めよう!ルールを守ろうと呼びかけるために描いてくれた絵です。

たかが「ごみ」ですが、大人の見識や行動がこれほどわかりやすく見て取れるのはごみの出し方。ごみは人々の無関心がカタチになったものですから。

年末年始、お天気は良さそうです・・・なにより。2017年元旦も初日の出の後は、ごみ集積場の巡回(笑)。

私は年末年始だけでなのですが、街のみなさんはeverydayで取り組んでいます。そうした街のみなさんの無銘の活動が報われる成果が出たので、この古い活動は今回で終えたいなと思っています。

次からは、「ハレのレポート」をつくりたい!!
by AKIO_TAKE | 2016-12-30 19:03 | 環境