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2020年 02月 12日 ( 1 )

1859年の横浜開港当時の市街地は、住民の衛生観念が乏しく低地や湿地、沼地等至る所にごみが投棄されていました。
この環境汚染が外国人居留地へ影響を及ぼす恐れが大きくなり・・
1862年に日本の清潔法のはしりともいえる回状(用件を通達した書状)が出されました。
1871年にはわが国初とされる公衆便所が辻々83ケ所に「路傍(ろぼう)便所」として設置されましたが、4斗樽大(72㍑)の桶を地面に埋め、板囲いだけの簡易なもの。
人口増加、不体裁で汚物が路上にあふれ改善を迫られ、1879年に63ケ所の「公同便所」を新設。し尿は近郊及び千葉県下に運び、肥料としたので横浜市内は清潔の観を呈したとのこと。

月日は流れ、1900年に現在の「廃棄物処理法」の基となる「汚物掃除法」が公布され、この法律によって日本の市町村に汚物の清掃及び処理・処分が義務付けられました。 
「汚物掃除法」の目的は「伝染病予防」です。そして戦後、経済の高度成長は物資の豊かさをもたらし所得の向上と相まって社会を大量消費時代へと方向づけていきました。このため、不用耐久消費財を含む多種多様な廃棄物を排出させ、時を追って増大。
1970年、「廃棄物処理法」が公布されましたが、ごみを処理する目的から公衆衛生は外れていません。
なぜ、ごみを放置してはいけないのか・・
それは、公衆衛生の向上をしなければならないから。
公衆衛生の機能がこわれたらどうなるか。
勿論、法の目的はそれだけではありませんし、時代遅れなことを言うな!とのお叱りもあるかもしれません。
でも、なぜ、ごみを放置してはいけないのか・・
日々のニュースを聞きながら、あらためて公衆衛生とは、を考えてみる時期ではないかと思っています。

公衆衛生をごみ処理の視点から_a0259130_17254380.jpg

by AKIO_TAKE | 2020-02-12 12:22 | 環境